• English
ONLINE STORE instagram facebook

兵庫県中東部に位置する西脇市。日本列島のへそとも呼ばれる中心にあり、およそ4万人が暮らすこの地域は、加古川、杉原川、野間川の3つの川が流れ水資源が豊かであったことから、江戸時代から播州織という織物で繁栄した。産業は今でも脈々と受け継がれ、多くの糸・染め・織りの工程を担う工場が日々生産し、私たちの生活の基盤である「衣」を支えている。
今回訪れた東播染工は、分業が一般的な繊維業界の中でも一貫して織物を作り上げるメーカーとして、世界的な大手ブランドから個人ブランドまで、多様な生地を生産して納めている会社だ。
Hyogo craftの立ち上げ当初からトランクデザインと交流のある、テキスタイルデザイナーの小野圭耶さんにお話を伺った。

 

江戸時代から続く、先染織物の一大産地

西脇市の主産業である「播州織」の特徴は、糸を先に染め、染め上った糸で柄を織っていく「先染織物」の手法を用いていることにある。現在でも国内の先染織物の約7割を生産しており、その自然な風合いと豊かな色彩により、シャツなどのアパレルから、テーブルクロス、ハンカチなどさまざまな製品で採用されている。

播州織の歴史は、1792年まで遡る。京都西陣から織物の技術を持ち帰った宮大工飛田安兵衛(ひだやすべえ)が地元・西脇に帰郷。自ら織機を作り、地域の農家が生産する綿花を使って織物づくりを広めていったことが起源とされている。水資源に恵まれた地理を活かし、やがて地域を代表する産業として広がり、明治時代には「播州織」と呼ばれるようになると、昭和には国外にも輸出するほどの一大産業として成長した。

工場の隣を流れる杉原川。染めの工程にも川の水が使われている

東播染工が西脇の地で創業したのは1943年。メーカーとしての特徴は、企画・デザインから染色、織り、加工(生地の最終仕上げ)といった生地づくりにおける全ての工程を、自社で一貫して行っている点だ。オーダーが多様なこともあり、分業で生産行うことが主流な繊維業界において、このような一貫して生産する設備と体制を持つテキスタイルメーカーは希少である。

2016年から東播染工のテキスタイルデザイナーとして働く小野さんが所属する「テキスタイルラボ」という部署も、一気通貫して生産を行う会社だからこそ立ち上がったユニットだ。

「染色から始まった会社ですが、織りの工程は2000年代から行い始めたので、会社としては新たな試みでした。織りを始めてからは、ブランドからの下請けの生地しか作ったことがなかったので、オリジナルの生地はなかったんですよ。これまでやってこなかった生地を自社から作っていこうという想いで、2016年にテキスタイルラボが生まれました」

小野さんの祖父母も生地づくりに関わるお仕事をされていたという

「私はここ西脇出身で、大阪の服飾の専門学校で学びました。大阪か東京でアパレルの仕事をするものだとずっと思っていたのですが、『地元でものづくりできるのに帰らないの?』という一言でハッとして。知ってはいたのですが、地元が産地だという意識があまりなかったんですよね(笑)」

今では学生が就職先を探すために、団体で工場見学に来ることもしばしばあるそうだが、当時は今よりも服飾は都市の仕事というイメージが強く、生産の現場に興味を持つ機会も少なかったと小野さんは話す。
学校を卒業した後に西脇市内にある産元商社に入社し、キャリアをスタートした小野さんとトランクデザインが出会ったのは2012年。代表の堀内康広がHyogo craftを立ち上げ、兵庫県内のものづくりを知るためにさまざまな組合にコンタクトを取っていた際に紹介していただいたことが始まりだった。

「確か2012年くらいに、堀内さんが会社に来てくださって。私もトランクデザインのショップにおとずれて、ポップアップもさせていただいたり、もう10年以上の交流になるわけですね」

トランクデザインのオリジナルブランド「iRoDoRi」などの播州織のメーカーさんとの取り組みは、小野さんがきっかけとなって生まれたものも少なくない。

トランクデザインのオリジナルブランド「iRoDoRi」などの播州織のメーカーさんとの取り組みは、小野さんがきっかけとなって生まれたものも少なくない。

生地は言葉から生まれる

東播染工の生地づくりの工程は、買い付けてきた糸を染めるところから始まるが、これまで作ってきた色の数はなんと20万色を超えるという。一日に100色近くテストを行うこともあり、それらはすべて肉眼でチェックされていく。扱う素材も綿をはじめ、綿麻、シルクなどさまざまなので、当然同じ色でも見え方は変わってくるという。

「デザインするときもここで色を選んで考えたりしています。これとこれを組み合わせようかなと。テキスタイルデザインは歴史のある分野ですから、もうネタぎれなのではと感じることもありますが(笑)、それでも新しいアイデアは生まれてくるんですね」

ブランドや商社から発注されたものではなく、自らのイメージからテキスタイルのデザインを考えるのはとても特殊な想像力が必要とされるはずだ。普段、どのようにデザインを考えているのかを聞いてみた。
「社内の2、3人でキーワードを出し合いながら考えることが多いです。キーワードから連想される言葉やイメージを紡いで、それを糸で表現するような。もちろん、ファッションのトレンドや環境負荷に関しても情報収集はしていますが、まずは言葉を出すところからですね」

自社で一貫した設備と体制を有しているため、実験的に生地を作ってみることがやりやすい環境だと小野さんは語る。環境が挑戦を生み、挑戦が新たな製品を生むのだとすれば、東播染工が担う役割は業界にとっても大きいのだろう。

「アパレルのトレンドやデザインと、テキスタイルの両方に精通しているはファッション業界にも、繊維業界にもなかなかいません。ブランドによっては我々のような生産の現場に研修に行くところもあるようですが、現場で学ぶことのできる機会は少ない。その架け橋となって、いい提案をしていければと思います」

アパレルの仕事は毎シーズンの発表に向けて、スピーディな提案と生産が求められることも多々。大変な反面で、想いを持ったブランドの方と直接ものづくりができる環境には大きなやりがいがあるという。

糸が往復することがなく、一方向に糸が移動するエアー織機85台、レピア5台稼働している

これからやっていきたいこと

テキスタイルラボは生地の未来を作っていく役割を担っている。小野さんに今後やっていきたいことを聞いてみた。

「先染めの糸って、どうしても全部半端に余るんですよ。どうしてもロットも大きい中で、何かあったときのために多めに作ることになるので、きっちり使い終わるということがないんです。そんな余った糸から新しい生地を作って、生地売りをしたいなと考えています。追加で作ることはなく、ある分を売り切りで」

大きなブランド向けの大きなロットの生産が多い中で、一般の人も買えるような生地を作っていきたいと小野さんは話す。
実際、取材を終えた後、加古川の靴下メーカーと共同で残糸をアップサイクルした靴下を開発したり、余剰の生地を使ってスリッパを製品化したり、東播染工のオンラインショップでは余剰の生地を1mから販売する取り組みが始まったり、想いは着々とかたちになっている。

一般の生活者が生地を買って洋服を作るということはまだ一部の人に限られるが、生地と洋服のパターンデータを組み合わせて、自分の理想の洋服をセミオーダーでつくるような時代が来るかも知れない。
使う側のリテラシーが高まれば、ニーズも多様になり、幅広いものづくりが継続的に成り立つ未来につながるはず。産地を知るという一歩が、繊維産業の未来を変えていくかも知れない。

 

ディレクション:TRUNK DESIGN Inc
編集・撮影:TRUNK DESIGN Inc
文章:柳瀬 武彦